1: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:40:42 ID:Wsoq
北海道
松前慶広

幼名「天才丸」(迫真)。
松前(蠣崎)氏は元々蝦夷に移住した武田氏の子孫。
歴代当主はアイヌとの抗争を広げてきたが、慶広の代には
だいたいの抗争を収束に向かい、中央政府との外交も進めるなど
国内外で優秀な政治力を発揮した。


引用元: https://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1663594842/



2: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:41:40 ID:Wsoq
青森県
津軽為信(1550-1608)

国衆大浦家の養子だが、出自不明で南部一族だの流れ者の孤児など多岐にわたる
お世話になった主家の大浦家はもちろん、領地の支配者石川氏や北畠顕家の子孫・浪岡家を滅ぼすなど大暴れ
その暴走っぷりもあって周囲大名から総すかんを喰らうが、福井からやってきた謎軍師・バブみ力の高い嫁など
を味方に5万石の独立を勝ち取った

戦国一のアイデアマンとして有名
 




4: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:42:28 ID:Wsoq
岩手県
南部信直(1546-1599)


前当主・南部晴政の養子となるが、晴政に子供ができたため南部一族の中で鼻つまみ者にされる。
さらに父は津軽為信の反乱で戦死するなど後ろ盾を失うなど前半生は波乱万丈だった。
戦が強いわけではないが、謀略・外交策・高性能爺軍師の存在でライバル九戸氏と斯波氏を滅ぼす




3: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:42:21 ID:cPR3
ワイ熊本、室町期の武将は小粒ばっかで悲しい


6: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:43:15 ID:Wsoq
>>3
熊本県
隈部親永(?-1588)


肥後の国衆で10万石級の力を持っていたらしい。
豊臣秀吉の太閤検地に反対して肥後の国衆たちと共に大一揆を起こす
しかし、九州と中国からやってきた10万の豊臣軍には適わず敗北、肥後の国衆の大半(90%以上)と共にニフラムをかけられる。
とはいえ鎮圧軍の立花宗茂から「一揆ではなく大名同士の争い」の戦後処理を受けるなど温情はあった。

400年後、何故か熊本に馬鹿でかい彼の銅像が建てられ、福島の大名・二階堂盛義と盟友になる




5: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:43:09 ID:80lz
愛知は3人エグいのおるから静岡に誰かくれや


9: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:44:35 ID:Wsoq
>>5
静岡県
今川氏真(1538-1615)

戦国最弱の男。
教養があり、優秀な家臣がいるのだが
今川家は結局・国衆をまとめきれなかった&武田信玄に裏切られた
所で滅亡は避けられなかった

死ぬかもしれない経験を何度も繰り返しながら大社長から国の元首になるのか
友人のコネで名誉職としてヒラのまま一生を過ごすのかどちらが幸せなのかは分からない


13: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:45:30 ID:80lz
>>9
せめて親父にしてくれ


12: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:45:17 ID:R1nJ
なんで氏真やねん




7: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:43:52 ID:nfwN
愛知遠州あたりえがい


8: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:44:22 ID:nfwN
○えぐい


10: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:44:56 ID:agTZ
岐阜はやっぱあの人の義父かな


14: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:46:02 ID:Wsoq
>>10
岐阜県
稲葉一鉄(1515-1589)

岐阜県は土岐⇒斎藤⇒織田⇒織田(弱体化)⇒分裂
といろんな大名が興亡し、天下の名城岐阜城は定期的に落城するなど応仁の乱並みに訳の分からない歴史である

個人的には稲葉一鉄を主人公サイドとしてみるとすっきりすると思う
というのは一鉄の妹(懐妊中)が土岐頼芸から斎藤道三に再婚しており、この子供が斎藤義龍なのだ
だから義龍の謀反って「道三はヤバい奴だから土岐氏に戻ろう」という国衆サイドの思惑もある


18: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:47:42 ID:agTZ
>>14
渋い




11: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:45:16 ID:Wsoq
秋田県
安東愛季(1539-1587)

東北の海賊。安東水軍のリーダー
安東水軍は生き残り対策として、長年檜山系・湊系に分かれてきたが愛季はこれを彼のカリスマ性で統一した
カリスマ性で統一した(大事なことなので二回言いました)

秋田港の整備を進める一方で内陸部の介入も開始しており、安東領北側の国衆・浅利氏にちょっかいを出している




16: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:46:58 ID:Wsoq
山形県
最上義光(1546-1614)


みんな大好き鮭様
長年、政宗の敵、謀殺大好きおじさんというイメージがあるが、基本的に戦がおきると大将突撃
して教育係が頭を抱えており、とんだ風評被害である

家族愛にあふれ、父とは政治的に対立しながらも生涯通して仲が良かったり、娘を溺愛しすぎて法律制定するなど子煩悩っぷりも有名
しかしその溺愛がのちに悲劇を招くことに・・・




17: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:47:28 ID:Wsoq
宮城県
伊達晴宗(1519-1578)

伊達政宗のおじいちゃん。
父・稙宗の種馬政策に反対し東北中の大名を巻き込んだお家騒動を引き起こす
なお本人は、隣国の美人で有名な娘を拉致して強引に結婚するやべー奴




19: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:48:00 ID:Wsoq
福島県
蘆名盛氏(1521-1580)
田村隆顕(?-1574)
相馬義胤(1548-1635)

福島県は中小大名がひしめき合って大大名がいないため有力な3人の大名をセレクト
蘆名氏は会津地方を中心に勢力を拡大した大名で、盛氏は武田信玄と同じくらい才覚があると評価されている
田村隆顕は伊達氏との同盟を強め、蘆名氏と領内の生糞坊主と戦った勇将
相馬義胤は50年にもわたり伊達氏と抗争を繰り広げた猛将だが、どこか抜けている所がある。領民からは非常に慕われており
「義胤が戦になったら殉死する家臣ってどれくらいいるんだろう」とぽつりつぶやくと、城下の人々まで広がりほとんどが殉死すると答え
義胤が慌てて他国との講和に踏み切ったエピソードがある




20: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:48:34 ID:Wsoq
茨城県
佐竹義重(1547-1612)

北条氏と関東の覇権を争う一方で、衰退した蘆名氏へ介入するなど二方面作戦を展開した
関東ナンバー2。どちらも中途半端な結果に終わり、逆に北条と伊達に挟撃され絶体絶命となったが
こんなこともあろうかと前々から外交してきた豊臣秀吉を関東に召喚することに成功。
北条滅亡、伊達家転封という逆転劇を達成した。
どさくさに紛れて領内の国衆にニフラムかけて全滅させるなど抜け目がない




21: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:49:09 ID:Wsoq
栃木県
大田原資清(1486-1560)

那須与一の子孫・那須氏に仕える家臣だったが、彼の活躍を妬んだほかの家臣に福井県に追放される
その後20年かけて主家に復帰し、ライバル家臣を滅ぼすのはもちろんのこと主家・那須家まで乗っ取りに成功した
北関東一の梟雄

息子の三兄弟まで謀略に自信ニキなので非常に恐ろしい




22: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:49:36 ID:Wsoq
群馬県
長野業正(1491-1561)

群馬なのに長野氏とはこれいかに。
元々は関東管領・山内上杉氏に仕えていたが、川越夜戦で関東情勢が北条優勢になると北条にやむなく従う
その後武田信玄が上野介入してくるがことごとく撃退し続けた名将。




23: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:50:09 ID:Wsoq
千葉県
正木時茂(1513-1561)

里見だと思った?残念家臣の方だ。
安房の大名・里見義尭に与した国衆で槍の名手。
しかし槍の師範に「お前の扱い方ではすぐ戦死する」と怒られており
「師範はあてにできないから自己流でいく」と師範に倣うのを辞めた戦国のイチロー


福井の大大名・朝倉宗滴からは「織田信長と正木時茂は大物になる」とか言われてた模様




24: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:50:46 ID:Wsoq
埼玉県
成田長泰(1495-1574)

成田氏は平安時代以降、関東に住み着いた有力農民が武士化した家で
関東管領に代々仕えていた。
北条氏をしばくために上杉謙信に味方して小田原城を包囲するが、イきる謙信に「成田家は源義家公とマブダチやぞ」と
説教して勝手に戦線離脱する剛胆さを披露

腹いせに帰宅途中の謙信に城下町を放火されました




25: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:51:22 ID:Wsoq
東京都
北条氏照(1542-1590)


北条氏康の三男。一説によると八王子市の名付け親だという
氏康以降の北条家では外交・軍事共にトップの実力で、氏照に任せていれば北条家は安泰だというイメージがあったらしい
しかしそれが原因で小田原征伐では豊臣と戦争する急先鋒となり北条家滅亡の遠因となる。

夫婦そろって笛が趣味という風流な人




26: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:51:50 ID:Wsoq
神奈川県
北条氏康(1515-1571)

有名すぎるのでさらっと
不良大名と言われ、氏康が当主に付いた当初は北条家はすぐ滅ぶとか言われてたらしい
実際河越夜戦では河越城に進撃する一方で氏康は敵側に土下座レベルの謝罪手紙を送りまくっていたらしく
奇襲成功はガチでマグレだったっぽい




27: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:52:23 ID:Wsoq
新潟県
上杉謙信(1530-1578)

山梨県
武田信玄(1521-1573)



つよい。


28: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:52:43 ID:R1nJ
サラッとしすぎ




29: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:53:02 ID:Wsoq
長野県
真田信之(1566-1658)

真田家の守護神(真)
信玄リスペクトの全方位喧嘩外交する親父と、とりあえず行く先々で女の子侍らせて子供作りまくる弟
の間で真田家の存続に尽力した苦労人
さらに嫁と怖い舅までやってくると時代を経るにつれてストレス源が増えていく模様


中途半端な兄というイメージがあるが史実では弟・幸村より遥かに戦が強かった




30: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:53:28 ID:Wsoq
愛知県
織田信長(1534-1582)


戦国どころか日本史の主人公。
部下に厳しい、メスイキ、合理主義といった点からホリエモンは信長の生まれ変わりかもしれない




31: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:54:30 ID:Wsoq
富山県
神保氏張(1528-1592)

何故か高待遇を受けている武将。
地味。とにかく地味。




32: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:55:18 ID:Wsoq
石川県
長連龍(1546-1619)


普通は畠山義総なんだろうけど、個人的には彼が好きなのでチョイス
畠山氏の内紛のあおりを受けて一族をほとんど殺されたため、復讐の鬼と化してゲリラ戦を展開した
敵が降伏し信長がやめろと介入しても無視してついに遊佐・湯井一族を滅ぼした能登の狂犬

賢者モードに入ったのか、遊佐の生き残りだった幼児は召し抱えたという




33: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:56:00 ID:Wsoq
滋賀県
石田三成(1560-1600)

説明は割愛。
浅井長政・蒲生氏郷・藤堂高虎・井伊直孝・大谷吉継・・・

正直滋賀県は愛知県以上に候補が多すぎて決められない感がある


なお戦国時代を通して元あった領地を守り通した近江の戦国武将は

朽木元綱

だけ


36: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:56:57 ID:4cKv
>>33
京極も捨てがたい




34: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:56:30 ID:evQL
二階堂盛義おらんやんけ!




35: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:56:51 ID:Wsoq
三重県
九鬼嘉隆(1542-1600)


海賊王に俺はなる!
鳥羽を本拠地とする海賊棟梁の子として生まれたが、抗争に負けて信長の下に流れ着いた
鉄甲船とかいうトンデモ兵器を開発するが、実状は進水できないただの障害物だったらしい

朝鮮征伐では敵対した村上水軍とタッグを組んで戦うという激アツ展開
なお最後は部下の手違いで切腹という可哀そうな末路を迎えた。すごく海賊の生きざまっぽい




37: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:57:27 ID:Wsoq
奈良県
島左近(1540-1600)
柳生石舟斎(1527-1606)

興福寺・松永氏・筒井氏と癖が強すぎる奴らが跋扈していた魔境の中で密かに生き残り続けてきた国衆。
両名とも筒井順慶・松永久秀とすごく関係が深いが、最終的には島は豊臣方につき滅び、柳生は家康方について繁栄した。
とはいえ両者共にギリギリの中での選択だったと思う。




38: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:57:59 ID:Wsoq
京都府
細川幽斎(1534-1610)

長男の教育以外は何でもできる男。
足利将軍の隠し子と噂されるほど将軍の側近として頑張ったが、義昭の暴走っぷりに愛想をつかして出ていった
義昭に限らず盟友の明智光秀も見捨てるなど政治的には情容赦ない性格。むしろ幽閉先の妻に逢いに行く忠興の方が温情なまである




39: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:58:31 ID:Wsoq
大阪府
畠山義就(1437-1491)

戦国時代を作った男。
三管領の名門・畠山家の下に生まれたが家督相続で細川勝元が介入してきたため、何とかしてもらおうと山名宗全に泣きつき抗争勃発。将軍の跡継ぎ問題まで浮上して
応仁の乱に発展とこじれにこじれまくるのだが、京が戦で廃墟化すると細川も山名も流石にヤバいと思ったのか停戦に動く

しかし義就本人には結局、何の保証もしてくれなかったため、拗ねて自力で河内一国を統一する




40: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 22:59:44 ID:Wsoq
和歌山県
徳川頼宣(1602-1671)


紀州を復興させた男
徳川家康の十男として生まれ、家康が最も天塩にかけた子供だという。
その甲斐もあってか時代にそぐわぬやたら戦国武将チックな男に成長。
城を改造しまくって「てめえ謀反考えてるだろ!」と幕府に怒られる

和歌山みかんと南高梅を研究し農家に広めたのでこの人のおかげで和歌山の農作物文化がある


68: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:14:28 ID:BPmO
>>40
頼宣「謀叛を起こすなら大阪城に立て籠るわ!」
老中「そりゃそうでござりますなあ」




41: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:00:19 ID:Wsoq
福井県
朝倉宗滴(1477-1555)

糞ツヨおじさん。
戦が強すぎて朝倉家では当主の出番が必要なかった。これが後のニート大名義景誕生の遠因となる。
九頭竜川では一向宗30万を倒したらしい、ほんとかよ




42: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:00:46 ID:Wsoq
兵庫県
黒田官兵衛(1546-1604)

腹黒田官兵衛。
最初は弱小大名・小寺氏の家老として仕えるがいろいろあって主家が滅亡、羽柴秀吉に仕えることになる。
摂津の大名・荒木村重が謀反を起こした際「俺はあいつと友達だから話せば分かる!」とイキって単独で調略しに行ったが悲劇、
逆に拉致されて1年間監禁されるという憂き目にあう

なんとか家臣の助けによって脱出したが、いろいろやべー奴になって帰ってきた




43: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:01:17 ID:Wsoq
岡山県
浦上宗景(?-?)
宇喜多直家(1529-1582)

宇喜多直家は三大梟雄に名が挙がるほど智略の高い男だが、宗景はそれ以上にヤバい
毛利・尼子・三好・織田の喧嘩を売り、その対応を直家に丸投げさせる(直家が対応しなければいけない状況を作り出す)など
どこぞの風林火山を想起させる全方位喧嘩外交を展開。それでいて外交勝利し信長から朱印状を貰うぐらい出世するなど中堅大名の中では最も優秀な男である

このままじゃ浦上氏と一緒に泥船に沈む・・・ブラック職場に耐えかねたのか直家は宗景の兄の孫を浦上家真の後継者として擁立し岡山中の国衆を味方につけることに成功
無事下剋上を果たした。で、その子はどうなったか?どうなったんでしょう・・・(白目)




44: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:01:59 ID:Wsoq
鳥取県
山名豊国(1548-1626)

山陰版今川氏真。
秀吉の兵糧攻めを一度は跳ね返すなど戦も結構得意だが、すごいのは彼の鞍替え戦略。
味方が危うくなるのを察知すると、目を付けられない形でさっさと敵方に寝返るのだ

彼によって見捨てられた武将は、山名一族、山中鹿之助、吉川経家、豊臣秀吉・・・
最終的に家康の側近に転がり込むのだからすごい




45: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:02:25 ID:Wsoq
島根県
尼子晴久(1514-1561)

八か国を守護し尼子家最大の版図を築いた男(全盛期を築いたとは言ってない)
主家に従わない新宮党を粛清したのはいいが、自分も肝心な所で病死するという最大のミスを犯す




46: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:02:51 ID:Wsoq
広島県
毛利元就(1497-1571)


毛利家の方針は、「家臣も殿様も同じ一票」「夫も妻も同じ地位」「家族仲良く(大嘘)」だという




47: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:03:18 ID:Wsoq
山口県
大内義興(1477-1529)


初代天下人。明応の政変以降荒れに荒れていた幕府の将軍問題を解決した男。
その褒美として明との独自貿易を許可されるのだが、これを機に食わなかった細川家が大内家の貿易船にちょっかいを出し戦争勃発。
結果、明の都市が一つ消滅した




48: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:04:01 ID:Wsoq
徳島県
三好長慶(1522-1564)

3代目天下人。
10歳で三好家当主となり、15歳で宗教の対立煽りで日本を滅ぼそうとする戦国時代のケンモメン・木沢長政を打ち倒す
また長年争ってきた細川家とも和解し、室町幕府に束の間の平穏を取り戻したのだが、弟を不慮の事故で立て続けに失ったことで
統合失調症を発症、最後は家臣の松永久秀に「生き残った弟を殺せ」というガバガバ命令を命じて自分も死んでしまう。




49: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:04:37 ID:Wsoq
香川県
十河一存(1532-1561)

前述した三好長慶の弟。戦は強かったらしいがわずか29歳で病死。
基本的に戦場は近畿圏だったので香川県での逸話は無い




50: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:05:01 ID:Wsoq
高知県
長宗我部元親(1539-1599)

土佐の一国衆でしかなかったが、一領具足を動員して四国を統一した。
しかし最大の敵は一条兼定と本当に元親が強大名なのかは疑問




51: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:05:28 ID:Wsoq
愛媛県
土居清良(1546-1629)

四国の西端を治めた西園寺氏の家臣。
鉄砲の性能に目をつけいち早く鉄砲隊を組織した先見の明がある。
その配備率はなんと全国トップの100%。
2000石の弱小国衆だが長宗我部軍を打ち破り敵の総大将を討ち取っている

農業にも詳しく、農業書「清良記」を書いている
毛利家とも深いかかわりがあったそうで九州攻めでも小早川隆景に従軍しているが
その後は各所からきた仕官の誘いを断り帰農。




52: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:05:57 ID:Wsoq
福岡県
秋月種実(1548-1596)
筑紫広門(1556-1623)

大内・大友・毛利の間で揺れ動いた国衆。
両家は歴代の滅亡しても何故か生き残りが再興するゾンビ大名。

筑紫広門は宿敵・高橋紹運と婚姻関係を結んで娘を無理やり高橋家にねじ込み生き残った
秋月家は大友家の衰退に乗じて、島津家と手を組み30万石まで領土を拡大した


65: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:12:42 ID:MMDe
福岡は立花宗成にしてクレメンス。。。




53: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:05:59 ID:vtzk
佐賀はどっちになるんやろ


54: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:06:29 ID:Wsoq
>>53
佐賀県
龍造寺隆信(1529-1584)
鍋島直茂(1538-1618)


二人三脚で九州ナンバー3まで上り詰めた男たち。
隆信は迅速果断な性格で「カエサルより決断力がある」と評価されているが残忍さが祟り隣国の従属国衆・有馬氏
の反乱を許す。その過程で有馬晴信が召喚した島津軍の奇襲にあい死亡する

軍師の直茂はなんとか秀吉と島津軍の中で生き残りを模索するが、隆信亡き龍造寺家をまとめる者がいなかったため
龍造寺一族と家臣たちから次期当主に祭り上げられる

最も平和な形の御家乗っ取りだが、直茂は晩年悪夢にうなされながらこの世を去ることに・・・




55: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:07:23 ID:Wsoq
ラストスパートやで~

長崎県
有馬晴信(1567-1612)

有馬家は肥前を治めた有力大名だったが、父・義貞が無能で領地のほとんどを失う。
18歳の新米城主・晴信はマイナススタートからこの問題に立ち向かっていくが

龍造寺隆信を裏切って島津に味方する⇒速攻で島津を裏切って豊臣秀吉に味方する

という弱小国衆恒例の尻軽外交で無事九州征伐を切り抜けた
が、その後幕府の役人と共にフィリピンに仕事で出張した際、汚職を持ち掛けられそれに乗ってしまう

9割役人が悪いのだが、その汚職の金額が大きすぎた(6000両)ために晴信も切腹という末路を迎える。

これだけ見ると可哀そうだが過去にはいくら領地が貧しいからとはいえ
戦争孤児の少年少女を性奴隷として売り飛ばしていた過去もあるのでなかなか擁護しづらい男である




56: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:07:49 ID:Wsoq
大分県
大友宗麟(1530-1587)

肖像画が高橋克己に似ている
クーデターで親父や一族を殺し、強引に当主の座についた苛烈さと
積極的な海外貿易で蓄えた富を活かして象を購入し、象に乗って町民を驚かせるなどお茶目な一面を持つ。

キリスト教とはビジネス入信だけだったのだが後にガチで信奉してしまい「宮崎に宗教王国を作る!」と言い出したのが悲劇の始まり
耳川の戦いでは致命的な敗北を喫し、大友家のほぼ全てを失った。

それでも最後は島に籠城するが、避難民たちに自ら握った御握りを配って勇気づけるなど殿様としての力は本物である




57: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:08:16 ID:Wsoq
伊東祐兵
1559-1600

9歳で初陣とかいう天才児
しかし、親父がガイジ化して伊東一族は島津軍に敗北、諸国を放浪する羽目になる

その後放浪が趣味になった親父を差し置いてなんとかして家臣・河崎祐長と共に羽柴秀吉と交渉
秀吉直属の家臣と大名復帰の約束を取り付ける

悲願の日向大名復帰後は鬱憤を晴らすが如く、島津家の内乱にちょっかいを出し、島津領内を戦わずしてボロボロにした




58: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:08:43 ID:Wsoq
鹿児島県
島津義弘(1535-1619)
島津忠恒(1576-1638)


息子の教育間違えましたシリーズ第二弾。
義弘は鹿児島県で、西郷どんと肩を並べるぐらい人気の武将。
忠恒はその息子なのだが、蹴鞠と和歌と女が大好きとかいう困ったちゃん
おまけに朝鮮征伐では「ひらめいた」とか言って単身突撃し始めるガイジ

そんな忠恒だが、反乱分子の粛清・鹿児島港と城下町の整備・親父義弘の関ヶ原でのやらかしを解決・宇喜多秀家を助命
明の滅亡を予見して琉球を従属国にするなど政治的センスが抜群にあったのが凄い皮肉な所

正室とはお互いに刺客を送り合う仲だった




59: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:09:14 ID:Wsoq
沖縄県
尚寧王(1564-1620)

戦国時代の琉球の王様
島津軍にあっけなく敗北するが、戦熟練度マックスの島津軍相手はムリゲーすぎるので仕方がない。むしろ王朝を存続しただけ有能と言える
従属国となった受難もあったが、琉球独自の文化も育てた一面もある




60: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:09:54 ID:Wsoq
終わり




61: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:10:03 ID:4cKv




62: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:10:10 ID:BPmO
乙やで




63: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:10:33 ID:gACc
乙やで




66: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:13:20 ID:bKXo

ワイも尚寧王はようやったと思うわ
バーサーカーに殺されなかっただけでもファインプレー
尚敬王の時代に復活出来るだけの国力残したのもデカいわね




71: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:38:38 ID:uEOY
島根はジッジの方じゃないんか




72: 名無しさん@おーぷん 22/09/19(月) 23:47:19 ID:nBX3
為になるスレ
戦国大名限定ならどうなるんやろ








管理人コメント

勉強になるスレ

引用元 47都道府県代表の戦国武将を紹介していくで